いろいろなことに興味があり過ぎる問題点について

いろいろなことを興味の赴くままに

キムチクレープ

 明治時代になってアメリカやヨーロッパとの交易が盛んになると、互いの文物が行き来するようになった。

 日本から陶磁器が輸出されたとき、それを見た多くの人たちが驚嘆した。陶磁器そのものに対してもそうであったが、陶磁器が割れないようにと使われた包み紙にも驚いた。

 それは浮世絵だった。

 大胆な構図、色使い、日本特有の衣装や背景などが目を引いたのである。マネやロートレックがその影響を受けたことはよく知られている。やがて、海外で評価された浮世絵は、日本でも評価が高まり、流出していた浮世絵が日本に買い戻される逆流現象が起こったのである。

 

 浮世絵は日本における芸術的評価は今でこそ高いが、当時はそれほどでもなかった。先に述べたように、陶磁器の包み紙に使われる程度の存在でしかなかった。当時の価格も一般には十六文程度。落語『時そば』でおなじみの、屋台そば一杯分の値段に過ぎない。尤も、人気浮世絵師の大作にはかなりの高値が付いたようだが。

 現代でいえば、映画のパンフレットや、イベントで購入できるイラストレーターの一枚絵のようなものである。後生大事にする人もいるかも知れないが、たいていは、しばらく悦に入るものの、やがてどこへ置いたのかをすっかり忘れ、しかし惜しむほどのものでもない。江戸時代には長崎の出島を通じてオランダとの関わりを保っていたようだが、細々としたものだったようだ。浮世絵はあまり流出しなかったのだろう。

 自国で作られたものが他国へ出ていくのが「輸出」、逆に他国のものが自国へ入ってくることを「輸入」と呼ぶが、自国で作られたものが自国ではあまり評価されず、輸出された他国で評価を高めて自国で再評価されて逆戻りしてくる現象は「逆輸入」と呼ばれる。

 

 寿司も一部、逆輸入されたものがある。

 寿司といえば、魚介類や貝類に技術を加えて酢飯に乗せたものであって、それ以外では卵焼き、キュウリ、干瓢(かんぴょう)ぐらいのものだった。アメリカに紹介された当初は、かなり不評だったらしい。西海岸、カリフォルニアの近くでは生魚も食されていたが、大陸中央部や東海岸沿いなどでは魚の切り身が生臭い、気色悪いと受け入れられなかった。そこで誰が考えたのか、魚の代わりにアボカドを乗せて出したところ、高評価を得た。さらに蟹などと一緒に、マヨネーズやゴマをまぶしたものを巻いたものは『カリフォルニアロール』として、人気の高いメニューとなり、本来の形態とはまるで異なる寿司が日本でもはびこることとなった。ハンバーグや牛肉などを載せたものは、もはや寿司の本質から外れている。

 

 当然ながら、外国から日本へやってきて、日本で変質して元の国へ逆輸入されたものもある。

 主の素材はそのままで、副素材が変わって逆輸入されたもののひとつにクレープがある。

 日本でクレープといえば、小麦粉を薄く伸ばした生地に、アイスクリーム、生クリーム、果物を包み込んだ、デザートという感覚である。たまに、ソーセージや野菜などを包むものもあるが、それでも間食であって主食というイメージはないと思う。

 しかし本場フランスでは、そば粉を生地とするガレットも含め、ハムや鶏肉、チーズ、魚介類、サラダなどを包んで食べる、主食であり、おやつでもある。イメージとしては、日本のお好み焼きやイタリアのピッツァ、メキシコのタコスのようなもの。

 日本でクレープといえば、東京都原宿の竹下通りが有名で、1977年に日本初のクレープ店を出した『カフェ・クレープ』がきっかけ。出店に向けて、生地にアイスクリームを包むことを思いついたという。アイスクリームは溶けやすいために手こずり、批判もかなり多かったようだが、デザートタイプのクレープを作り出すのに成功。今では、既存のタイプと同時に、この新スタイルのクレープもフランスでも親しまれているようだ。

 

 キムチ (김치)といえば野菜に唐辛子や塩辛などを漬け込んだ、韓国を代表する漬物だが、韓国でも日本同様に、食の欧米化に伴って自国の食べ物に対する若者離れが進んでいた。日本でも、糠漬けはかつてはどこの家庭にもあるもので、糠床は娘が嫁ぐときに母が分け与えたものだった。これも食の欧米化とともに、糠が臭い、古い食べ物だと嫌がられるようになってしまったものだ。

 日本で韓国ブーム(いわゆる韓流(ハンリュウ)ブーム)が広がり、キムチも持ち込まれた。当初、日本では唐辛子のエキスをまぶしただけの紛い物がまかり取っていたが、日本のコリアタウンの料理人や料理好きの芸能人などが本場のキムチを紹介し、日本の食文化にすっかり浸透した感がある。

 韓国では肥満児など、生活習慣病の低年齢化が問題視されていた。韓国でも日本のアイドルが公演するなど、日本ブームが起こる中で、日本でも広まりつつあったキムチの効能が見直されたようだ。唐辛子に含まれるカプサイシンが肥満燃焼に効果があるとか(近年の研究ではデータが充分ではないとして効果の因果関係にやや否定的ではあるが)、乳酸菌が胃腸を助けるなどと言われ、若者たちの健康志向の高まりと同時に、キムチを始めとする文化の見直しも広まっている。

 

 自国に昔からあるものは、存在しているのが当たり前だと思い、なかなか評価しづらい。それどころか、古臭くて恥ずかしいと思ったり、他国の文化のほうが素晴らしく見えてしまうこともある。

 そのこと自体は否定しないし、むしろ多くの物を広い目で見ることで新たな発見をしていくことは楽しい。でも一歩踏みとどまって、昔からあるものは本当に古臭いだけなのか、存在するのが当たり前なのか、価値はないのかと再確認するのも、いいかも知れない。

 フルーツを挟んだサンドイッチを食べながら、そんなことを考えてみた。

 

 

 

宗家 白菜キムチ 5Kg

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浮世絵鑑賞事典 (角川ソフィア文庫)

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